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2017年3月

『救急医療の変遷』

救急医療の様相が昔とだいぶ変わった。1990年代救急車はたらい回しも多少あったが、だいたいすぐどこかで受けていた。しかし、いつ頃からか救急車が早く現場に到着してもなかなか病院へ向かわず搬送先が決まるまで待機している光景を見るようになった。1990年代は2006年頃以降に比べ医療崩壊が目立っていなかったと思う。2004年の新・卒後臨床研修開始で関連病院から大学医局へ医師が呼び戻され市中病院で医師が不足し小児科や産婦人科等の診療科で病棟・外来の閉鎖や縮小が相次いだことも影響している。

救急はあくまで緊急処置で命を救うことが第一で、その後は入院か外来の各科で治療される。脳外科緊急手術のように最初から専門的治療を要し即刻専門医が呼ばれて対応する例は少ない。1990年頃は救急担当の中小病院では当直医は内科か外科が一人、300床クラスの大きめの病院でも内科系外科系が各一人と産婦人科が出産用に一人ぐらいの体制だった。患者家族の方も「当直に各科専門医を配するのは経済的・人的にも無理で、X線写真も必ずしも撮れる体制にない」事情をわかってくれた。

厚労省によると医師総数は1994年約23万人、2014年約31万人(約35%増)と確実に増えたが救急医療や一般病院で医師不足が指摘されている。市中病院や大学病院に勤める勤務医の割合は減少している。診療科別に内科、外科、産婦人科医の数をみると1994年〜2014年の変化は、内科横ばい、外科・産婦人科1〜3%減で実質的には約20%以上の減少。他科では約20〜60%(小児科25%、精神科60%)増えている。 

なぜ医師不足なのか。救急医療を担う中核病院では先に挙げた主要診療科の医師が救急医療も担当するため、その診療科の勤務医が減れば救急患者の受け入れができなくなる。救急処置の後に治療を続けるのも各診療科の医師だからだ。「たらい回し」ではなく医師数が足りないため「受け入れ不能」が多いのが実情で、外科系の医師が激減したのは2004年の福島県立大野病院事件以降だ。本件では癒着胎盤だった妊婦が大量出血のために死亡し手術から2年後担当医が逮捕された。平均水準以上の産婦人科医が普通に手術を行い急変時もできる限りの対応はしたが救命できなかった。この手術については多くの産婦人科医が不可抗力によるもので妊娠に伴うリスクの範囲内だと判断した。結局2年近い裁判の後、無罪判決が出たが医療崩壊を決定づけた。医療問題というより通常の医療行為の判断に医療を何も知らない警察や司法が介入し命がけで医療を行う医師に手術が成功せねば公衆の面前で手錠をかけて逮捕するという信じがたい暴挙に出たのです。事件以降産婦人科の手術をする病院が激減し他の外科系医師も手術を避けるようになり、若手医師で外科系に進む者が著減し救急医療はますます困難になった。

医者の総数は増えたが中核病院の主要診療科の勤務医が過重労働に耐えかねて辞め、減っているため救急患者の受け入れができない。普通に手術しても医療ミスではない医療事故は少ないが起こり得る。産婦人科は昔から統計的に外科系で最も医療事故が多い、つまりそれだけ難しい科なのです。医療行為にはどうしても一定のリスクが伴うことを理解し、多くの良心的な医師の努力に支えられている日本の医療を破壊しないでほしい。

 

医師  沢田 實