春日部セントノア病院

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2010年11月

『自然な看取りと延命治療』
 今年3月、母が突然クモ膜下出血で倒れた。82歳だった。術後の経過は最悪で、誤嚥性肺炎に脳梗塞さらには髄膜炎まで合併した。1カ月経ち2か月経っても意識は戻らず、人工呼吸器も3カ月近くはずせなかった。今でも言葉は話せず意思の疎通はできず、両側のマヒは強く残り、眼も見えない。胃チューブによる経管栄養で生かされている。
 そんな回復不能な状態で安定した母の今後をどうするか兄弟で話し合った。病前の母の意思は「万一重病になって意思の疎通も経口摂取もできない状態になったら延命治療はしないで自然に看取ってほしい」というものだった。話し合いの結果、母の意思に応じようと延命治療をやめ自然に看取ることに決めて担当医に告げ退院の快諾を得た。しかし退院直前になって、当初は同意した兄が不安になり急に態度を変え、僕の知らぬ間に勝手に延命治療の続行を決めてしまった。母の意思は残念ながら無視されたのだった。
 延命治療にもいろいろあるが、口から物を食べたり飲んだりすることができなくなった時に、胃チューブや胃瘻による経管栄養によって人工的に生かすことが代表的な方法だ。
 人は必ず死ぬ。40、50代以下ならともかく80歳を越えて奇跡的な回復は望めない。先の見込みもなく自分の意思も伝えられず言葉もわからない状態で人工的に生かされ続ける事に納得できるだろうか。延命治療を望むのか、望まないのか、どちらでもないのか、最後の意思は三通りに分かれる。子を持つ親以上の年齢の人は延命治療に対する自分の意思を決めておいてほしい。その時期に遭遇したら本人の意思を尊重していただきたい。自分が悲しいとか辛いからではなく、本人の“自然な死を望む”気持を大事にしたい。家族は覚悟を決めて本人の意思を優先してほしい。それができなければ、延命治療はせずにそのまま看取るのが最期の別れにふさわしい人間の自然な姿ではないでしょうか。

 

医師 沢田 實